白鵬の時代から新世代の台頭へ…2010年代の大相撲の出来事・事件を紹介!

2000年代はモンゴル人力士の台頭が目立ちましたが、2010年代もその様相は変わらず、また不祥事も次々と起こり、相撲人気は下火をたどります。

しかし、日本人横綱・稀勢の里の誕生を契機に潮目が変わり2020年代を迎えることになります。

今回は、2010年代の大相撲の出来事・事件を紹介します。

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2010年①:朝青龍が不祥事の責任を取り突然の引退

2010年の初場所の最中に、衝撃的なニュースが報じられます。

なんと現役時代は横綱の朝青龍が六本木のクラブで酒を飲み、個人マネジャーを暴行したというのです。

当初相撲協会は厳重注意処分を発表しますが、真相が解明されるにつれて一気に潮目が変わります。

なんと暴行された相手が相撲関係者でない人物で、かつ半グレ集団のリーダーであることが発覚。

度重なる朝青龍の品格を欠く行動に業を煮やした横綱審議委員会は、引退勧告の準備を進めます。

最終的に、当時の武蔵川理事長が朝青龍が引退届を提出するように促し、朝青龍が承諾したことで決着。

双葉黒以来の不祥事による横綱の引退となってしまいました。

朝青龍の引退会見。

朝青龍は日本国籍を有していなかったため、年寄名跡を取得できず、引退に伴い角界から完全に姿を消すことになったのです。

2010年②:野球賭博事件で80人が処罰される

5月場所中に、大関の琴光喜を筆頭に力士が野球賭博に興じているというニュースが報じられ、警視庁が捜査に乗り出します。

その結果、70人近い力士が野球賭博をしたことがあると申告。

元力士が野球賭博の実情を証言しています。

事態を重く見た相撲協会は、特に関与が深かった大関・琴光喜、大嶽親方の解雇、理事長の謹慎を決定。

その他にも賭博の関与の度合いに応じて、降格・休場などの処分を下された関係者が80人近くにものぼることに。

大量の処分者を出して禊を済ませたつもりでしたが、NHK側がそれを許さず、テレビ中継が開始されて以来、初めて相撲中継の放送を取りやめることになりました。

その後、相撲協会のガバナンスを整備する委員会が発足し、クリーンな運営に向けて再出発を切ることになったのです。

2011年:東日本大震災に加え、八百長相撲問題で角界が大荒れに

2010年の野球賭博問題の捜査の際に、力士の携帯電話を調べたところ多くの力士の携帯電話から八百長を相談するメールが確認されました。

メールの内容が明るみになり、
野球賭博事件から八百長事件に発展!

八百長自体は、千代の富士など古くから噂がありましたが、メールという決定的な物証が確認されたのは初めてのことです。

競技の根幹を揺るがしかねないスキャンダルが発覚し、2000年代後半から不祥事続きの相撲協会には、猛烈な批判が殺到。

2月2日にメールが発覚してから、すぐさま相撲協会は3月場所の開催断念と年内の巡業中止を決定し、特別調査委員会を発足させます。

捜査が進む中で東日本大震災も起こり、ますます相撲どころではなくなるなど、事態は混迷を極めます。

最終的には19人の力士が引退・3人の理事(北の湖・九重・陸奥)の辞任、17人の親方の降格、最後まで抵抗した一人の力士の解雇で決着。

再発防止策もまとまり、5月場所から本場所を再開しますが、多くの関取の退職があったため、有料で開催できるレベルではないと判断し、この場所を技量審査会として開催。

白鵬が優勝しましたが、賜杯の授与などもなく、非常に寂しい場所となってしまいました。

2015年:白鵬が大鵬の優勝記録を抜いて単独トップに立つ

八百長問題以降、浄化が進む角界にあって、横綱・白鵬は第一人者として競技を引っ張っていました。

2010年の5場所優勝(うち4場所連続で全勝優勝)などをはじめ、毎年複数場所で優勝を重ねていきます。

2010年代に全盛期を迎えた白鵬は40回以上の優勝を達成。

そして、2015年の大阪場所で34回目の優勝を飾り、大鵬の大記録を抜いて優勝回数で歴代単独トップに立ったのです。

その間にも、日馬富士・鶴竜などモンゴル人力士が横綱に昇進し、しのぎを削りますが、白鵬の安定感。勝負強さにはかないません。

2020年現在に至るまで、白鵬は順調に優勝回数を伸ばし続けています。

2017年①:稀勢の里が横綱に昇進!19年ぶりに日本人横綱が誕生

朝青龍のブレイク以降、2000年代中盤から長きにわたって、モンゴル人力士が土俵を席巻し続けてきましたが、日本人力士も地道に力を付けていました。

2016年には琴奨菊、豪栄道が初優勝を飾り、モンゴル人横綱の覇権争いに割って入ります。

そして、2017年の初場所で、稀勢の里が真っ向勝負で白鵬を倒し初優勝を飾ると、横綱に昇進。

日本人横綱が生まれるのは、1998年の若乃花の横綱昇進以来、19年ぶりのことでした。

横綱に昇進した稀勢の里は、続く大阪場所でも満身創痍ながらも優勝決定戦で照ノ富士を破り、2場所連続優勝を達成し、横綱の名に恥じない活躍を見せます。

新横綱・稀勢の里が涙の逆転優勝!

稀勢の里の今後の更なる活躍が期待されますが、この時に負った大胸筋の怪我が命取りとなってしまいます。

その後は、本来のパフォーマンスを見せることはできず、2019年の初場所で引退してしまいました。

2017年②:日馬富士の暴行傷害事件と貴乃花の乱

日馬富士が貴ノ岩をカラオケボックスで暴行

八百長問題以降大きな事件もなく、待望の日本人横綱の誕生、「スー女」をはじめ若いファンが増えるなど明るい話題が立ちこめた角界でしたが、またもスキャンダルが起こります。

10月の鳥取での秋巡業中に横綱の日馬富士が、貴ノ岩を暴行し、右中頭蓋底骨折という大怪我を負わせます。

ことの発端は、カラオケで白鵬が後輩に説教をしている最中にスマホをいじっていた貴ノ岩に日馬富士が激高したことでした。

ことの発端は、カラオケボックス

その後、日馬富士は貴ノ岩に謝罪しますが、事態はさらに荒れ模様を見せます。

「貴乃花の乱」が勃発し、大荒れに

2007年の時津風部屋の暴行事件以来、相撲協会は暴力問題には敏感になっていました。

協会側は、ことを丸く収めようとしますが、貴ノ岩の師匠である貴乃花が「組織ぐるみの隠ぺいだ」として反発。

貴乃花は日馬富士の謝罪や親方同士の話し合いを拒否し、警察に被害届を出すなど、行動がエスカレートしていきます。

最終的には、日馬富士は不祥事の責任を取り引退し、また巡業部長としての報告義務を怠った貴乃花親方も2階級の降格処分という大波乱の結末に。

しかし、この騒動はさらに続きます。

事件の被害者だった貴ノ岩も後に暴行事件の加害者となり引退したことに加え、十両・貴公俊が付け人を暴行するなど、貴乃花部屋の力士による不祥事が続きました。

当初は「弟子思いの貴乃花」というイメージから擁護の意見も強かった貴乃花ですが、弟子の不祥事が相次いだことで、その指導力に疑問符がつくことになります。

結果的に弟子の不祥事の責任を取る形で、貴乃花親方は電撃退職。

イメージアップを図ってきた相撲協会にとっては、貴乃花というスターに加え、現役横綱や若手のホープが次々と角界を去ってしまい、頭の痛い事件となってしまいました。

2018年・2019年:御嶽海・貴景勝・朝乃山など新世代が初優勝!時代が動き始める

明るいニュース・暗いニュースが飛び交った2017年が過ぎ、2018年に入ると、角界に新たな時代の流れが訪れます。

初場所でジョージア出身の栃ノ心が初優勝を飾ると、名古屋場所では御嶽海が、九州場所では貴景勝がそれぞれ初優勝を達成。

御嶽海は初優勝を決めるとインタビュールームで号泣

特に御嶽海・貴景勝は、20代の若武者で、白鵬一強時代が長く続いた角界に新たな風穴を開ける存在として期待されるようになります。

その後の2019年には御嶽海は2度目の優勝を飾り、貴景勝は大関昇進を遂げ、朝乃山が初優勝を遂げるなど、徐々に世代交代の機運が高まってきたのです。

一方、白鵬も全盛期と比べれば衰えを見せるものの、安定感と勝負強さで優勝記録を40回以上に伸ばすなど、第一人者として世代交代を許さない状態が続いています。

2010年代を彩った力士たち

白鵬:数々の記録を塗り替え、歴代最強の呼び声高い、孤高の大横綱。
鶴竜:多彩な技を持つ技能派の横綱。人物的にも落ち着いており、知的で評価が高い。
日馬富士:真っ向勝負で横綱まで上り詰めた努力家だが、不祥事で角界を去る。
稀勢の里:長い下積みを経て横綱に昇進。晩年は怪我に泣く。
照ノ富士:相手をねじ伏せるスケールの大きな相撲を武器に2015年5月場所で初優勝。
琴奨菊:がぶり寄りを武器に大関に昇進し、2016年には初優勝を飾った。
把瑠都:巨体と怪力を活かして2012年初場所で優勝するも、その後は怪我に泣かされる
栃ノ心:2018年初場所で初優勝。圧倒的なパワーを武器に相手を吊る。
貴景勝:徹底的な突き押しを武器に持つ大関。
朝乃山:2019年5月場所で初優勝。トランプ大統領から賜杯を授与される。
御嶽海:奔放な発言が話題になるが実力は本物。大関昇進が期待される。

2010年代の優勝力士一覧はこちら

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